旦那(妻)よりも子供を優先するのは必然だけど夫婦関係に支障が出そうで怖い

先日FaceBookにこんな投稿をしました。

全然上手く言葉がまとまらないんやけど、子供と2人で出かける機会が増える程に「夫婦仲にズレがでる理由」が分かる気がする。

良くも悪くも相方と子供を比較してしまった瞬間に、相方に勝ち目なんて微塵もないなって。

毎回子供とのお出かけは前もって子供のスケジュールを考えた上でデートの予定を立てるみたいで物凄く楽しいけど、コレが続くとマズいなーってボンヤリと思ってる。

コメント、メッセージ含め色々な意見を戴いたので、自分なりの言葉で掘り下げてみようと思います。

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夫婦関係への危機感を感じた理由

妻が子育てから離れて1人の女性として過ごせる時間を与えるべく、毎月必ず子供と2人で過ごす日を作っています。

乳幼児の頃は日頃の苦労を知ることで妻に対する感謝の気持ちを再認識させてくれるイベントとして重宝していましたが、子供が1歳半を過ぎた頃から気持ちの面に変化が生まれました。

子供のことだけを考えて過ごす時間

子供と出かける数日前から頭の中は子供と過ごす1日の予定で埋め尽くされます。

朝食は近所の喫茶店でモーニングを食べて、そのまま公園に出かけてお昼ご飯はあのお店で一緒にうどんを食べよう。2人だとお昼寝してくれないから車に乗せて1時間ほどドライブした後は車でしかいけない公園で一緒に遊ぼう。晩ご飯の買い物ついでにおもちゃ屋にも寄って入浴剤を買ってお風呂で遊んだ後に寝かしつけよう。

子供の生活リズムだけを考えて予定を立てている姿は、若かりし頃にデートの予定を立てながら当日の想像を膨らませて楽しんでいる自分に酷似しています。

子供は100%の反応を返してくれる

数日かけて練ったデートプランを実行に移すと、子供は100%の反応を返してくれます。美味しい物を嬉しそうに食べる姿、公園で楽しそうに遊ぶ姿、車の中で気持ちよさそうに眠る姿。それはもう「彼氏冥利に尽きる」と言っても過言ではありません。

子供は自分を1番に見てくれる

2人でお出かけしている時はもちろん、家に帰った後も子供は自分を1番に見てくれます。「パパ、パパ」と笑顔で駆け寄ってくる姿は可愛いとしか言いようがありませんし、布団の上にゴロンしながらジッとこっちを見つめながらウトウトしている姿だけでご飯三杯いけるレベルの破壊力です。

子供は私に存在価値を与えてくれる

お腹が空いた喉が渇いた、オムツが濡れた一緒に遊べなど子供の要求を通すためだけに「パパ」と呼ばれているとしても、子供は私を頼ってくれます。コイツには私がいないとダメだと感じさせてくれます。そこに私が存在する価値が生まれます。

元々は旦那(妻)に求めていたこと

好きな相手だけを考えて過ごす日々、サプライズやデートで相手から返ってくる反応、愛されているという実感、この人のために私は生きていけるという気持ち。これら全ては元々、旦那(妻)に求めていたことなんですよね…。

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日々薄くなる相方からの反応

結婚してから時間が経ち、色恋の感情や惚れた腫れたの感情は薄れていきます。仕事や子育てに追われる生活の中で相手への尊敬の気持ちや感謝の言葉、細やかな気遣いなどを蔑ろにしてしまう時がやってきます。

1度蔑ろにしてしまった相手への感情は夫婦間に深い溝を作ってしまいます。後からどれだけリカバリーを必死に頑張ろうと、完全に埋め立てることはできない物になってしまいます。

そんな日々を重ねていくうちに「いて当たり前、やって当たり前、されて当たり前」という当たり前の感情が芽生え、相手からの反応は薄くなってしまいます。

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そこで初めて「最近、冷たい」と気づく訳ですが、自分がまいた種だとは気づきません。自分の反応が薄くなっていたことは棚に上げて相手を責め、喧嘩になってしまいます。

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子供と比較されたら勝てる訳がない

当たり前の存在に成り下がってしまった相方と、自分の求める100%を返してくれる子供。比較されたら勝てる訳がありません。

冷静になってみれば子供が相方の代わりになる訳がないのに、私には子供がいるから大丈夫という冷静ではない判断の深みにドンドンはまっていってしまいます。

自分に都合がいい世界は居心地もよく、そこから無理に這い出ようとは思いません。結果的に夫婦の距離はドンドン開いていってしまいます。

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子供優先を大前提に、更に一歩踏み込む勇気

夫婦双方が同じだけの時間を子供と共有することはできません。どうしても片方に子育てのウェイトが大きくのし掛かることになってしまいます。これは仕方のないことなんです。

男女差別だなんだと言われるかも知れませんが、少なくとも片方は仕事でお金を稼がなくては家族は生きていけない。今でも変わらず男性の方が収入を得やすい社会だから、男性が仕事にでて女性が子育てをする家庭が多い。これも揺るぎない事実なんです。

そんな中で得られる束の間の休息を「家族揃って過ごしたい」と思うのか「自分はゆっくりしたいから子供と出かけてきて」と思うのか。この点に関しては夫婦お互いが精神的に安定した日常を送るためならどちらでも構いません。

しかし、前記の理由から夫婦どちらか片方がゆっくりと休んで、もう片方が子供と一緒の時間を過ごす。こんなことだけを繰り返していると夫婦関係はダメになってしまう気がします。

せめて子供との時間を情報として共有しよう

「今日は子供を連れて買い物に行ってきたよ」って話をするだけでも「これは公園を走り回る姿が可愛すぎて撮った」って動画を共有するだけでもいいから、子供と楽しく遊んだことを家族で共有しましょう。

今日はアナタのいない場所でこんなことをしてきたという当てつけ行為ではなく、アナタも居ればもっと楽しいよと暗に伝えた上で、次は家族揃って遊ぶに行こうねってなれば素敵だと思います。

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親として子供を優先するのは当たり前のこと

遊んでいる最中でも、夫婦喧嘩の真っ只中でも、子供が泣けば一旦お休みして駆け寄ります。どれだけ空腹でも、子供がお腹空いたと言っていれば急いで先に準備します。子供が体調を崩したとなれば仕事を抜け出して迎えに行きます。

日々の生活シーンの中で「子供を優先する」のは親として当たり前のことです。なので、子供を優先してしまっている自分を責める必要はありません。これはもう必然なので仕方ありません。子供が居るのに愛だ恋だを優先している人の方が恥ずべきでしょう。

子供の当たり前を相方に強要しない努力

冒頭でも書いた通り考えがまとまらない状態で書き始めた文章なので、酷く的を射ない文章になってしまいましたが、最後に自分を戒めるためのメモを残しておきます。

子供の名前を呼ぶといつでも満面の笑みで反応してくれるのに、妻の名前を呼ぶと冷たい反応が返ってくる時もある。それを「妻が冷たくなった」と捉えるのは間違い。

妻以上に反応を返してくれる子供が目の前にいるから、そう感じてしまうだけ。子供だって成長するごとに反応を返してくれなくなる時だってやってくる。

妻と子供はあくまでも全くの別次元であり、比較対象にするべきではない。比較対象にされてしまったら勝ち目などないから、せめて自分は相手を子供と比較しないようにしたいと思う。

女々しいことを言ってるかも知れないけど、あくまでも目指す所は家庭円満・夫婦円満なので少しだけ掘り下げて考えてみました。

夫婦共通の趣味や話題が子育てであり、夫婦は子育てをする最良の仲間だと思えたらいいのになと思います。

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