親の監督責任。アナタは逆の立場にたたされた時、同じ事が言えますか?

親の監督責任を争点に行われていた裁判、最高裁で無罪判決が言い渡されました。

私は10代半ばに大切な人達を失いました。

その為「大切な人を失った悲しみ」を加害者にぶつける被害者側の意見は凄く良く理解出来ます。

しかし7月に我が子が生まれます。

今まで被害者側であった私が、加害者側に回る可能性もゼロではありません。

今アナタの心にある意見は自分自身が

被害者である事を想定した意見ですか?

それとも加害者である事を想定した意見ですか?

アナタは逆の立場にたたされた時、同じ事が言えますか?

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実体験に基づく被害者側の意識

「お金で解決する物では無い。」「お金で人の命は買えない。」こんな意見を良く耳をします。これは紛れも無い事実なのですが、もし被害者側の立場にたたされた時「お金では何も解決しないので謝罪だけで結構です。お金は1円も要りません。」そんな事を言える人は果たしてどれだけ居るのでしょうか。失った悲しみをお金で埋める事は到底出来ませんが、謝罪を形に出来る唯一の物なのです。

経験者としてハッキリ言います。

被害者は慰謝料請求と言う形では心からの納得は到底出来ません。何故なら目の前に札束を並べようと大切な人は二度と帰ってこないからです。出来る事なら加害者を同じ目に合わせてやりたいと思って居ます。

しかし日本の法律が許してはくれないので、殆どの場合その気持ちを必死に押さえて毎日を過ごしています。そして涙を流しています。

リアルに想像する加害者側の意見

私は親から「車や人が多い道路で遊ぶのは危ないからダメ」とは教わりました。

しかし「学校周りは柵が低く人が希に通るから、運動場にゴールは置いてあるけどボールを蹴ったらダメ」とは教わっていません。世の中にこんな事を教える親は居ないと思います。

運動場でボールを蹴り

ボールが低い柵を飛び越え

偶然にも通りかかった人に当たり

尊い命を奪ってしまう

そんな偶発的な可能性を全て子供に説明する事は出来ず、そもそも偶発的な事象は我々大人でも起こす事であり、起こって始めて対策する物が殆どです。そんな偶発的な事故に巻き込まれた息子は「加害者では無く、被害者である」私は間違い無くそう思う自信があります。

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絶対に交わることの無い2つの意見

「大切な人を失って悲しむ被害者側の思い」と「偶発的な事故に巻き込まれた息子は加害者では無く、ある種被害者である」という加害者側の意見。この意見は絶対に交わる事はありません。

その為、路上調査を行いましたという名目で放送される【これが民意です】と言わんばかりの街頭インタビューにはなんの意味も無いと思って居ます。

「子供に責任は取れないので、親が代わりに責任を取るべきだと思います。」

ひとつの意見として間違いではありません。しかし、アナタは加害者側に回った時「慰謝料5千万円ですか、解りました。子供の責任は親の責任なので異存はありません。」そんな事言わないでしょ。

「子供の責任を全て親が背負うというのは、おかしいと思います。」

ひとつの意見として間違いではありません。しかし、アナタが被害者側に回った時「子供のした事だし、慰謝料は必要ありません。」そんな事言わないでしょ。

加害者の経験も、被害者の経験もしていない人達が、こうゆう事を平然と話出来る事に私は憤りを感じてなりません。

経験者として伝えたい事

刑罰を国に結論を委ねるのであれば裁判所の判決に従う以外選択肢はありません。

自分の思いを全て実現したいのであれば逮捕される覚悟で挑むよりありません。

加害者になった場合、被害者になった場合で意見が変わってしまう事象に対しては議論するだけ無駄であり、メディアで取り上げれば取り上げるほど両者の精神は逆撫でられ、そして疲弊します。

無罪という判例が正しい・間違っているという事は重要では無く、今回のケースでは最高裁の出した結論がそうだったと言うだけ。

本当に重要なのは被害者側・加害者側問わず、防ぎようのない偶発的な事故に巻き込まれた時に家族を守ってやる為にはどうするべきなのか?という議論では無いかと私は思います。

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