【北海道シチュー】人生で後悔していることは、たったのひとつだけ

自分の人生で「もっと早くに知っていたら…」と後悔していることが、1つだけあります。

それは…。

北海道シチュー(コーンクリーム味)の存在を知らなかったこと。

これがメチャクチャ美味しいんです。マイタケとの相性抜群で「少し、マイタケを入れすぎたかな?」と思うくらいマイタケを入れて作ると尚、うまし!

是非、食卓に並べてみてください。

これは「もっと若い頃から知っていたら、もっと食べることができていたのに」と本気で後悔していますが、それ以外は自分の人生に後悔なんてありません。

※タイトルに反して軽い話題じゃないので、注意

自分の人生に後悔するとしたらここ

縁

後悔_1

もっと自己主張していれば虐められなかったかも知れない

中学1年生の頃、私は虐められていました。小さな頃から父親に教わってきた「自分より弱いものには優しくしてあげなさい」は間違いだったのかな?と思いながら、来る日も来る日も同じような嫌がらせを受けてきました。

その後、成長するにつれて体は大きくなり、幼少時代から空手を習っていたことがバレ、虐めは半自動的になくなっていきましたが、当時は「あいつさえいなければ」「どうして自分が」と泣いた日もあったかも知れません。(昔のこと過ぎて泣いたかは覚えていません)

もっと早くに自己主張をしていれば、虐められるに済んだのかな?もっと楽しい学生生活を送ることができたのかな?という感じ。

もっと勉強していれば良い生活ができていたかも知れない

後悔_2

高校を中退して、大検を取得して大学に入学するも、やっぱり中退。私は弱い人間なので「あのとき、ちゃんと学校に行っていれば」と思ったことが、過去に何度もあります。

未だに、日本では学歴社会の流れが根強いですから。

ちゃんと勉強を続けていれば、良い大学に進学して良い就職先に入ることができたのかな?今よりもっと良い環境で仕事や子育てをできたのかな?という感じ。

もっとお金があれば父親は後数年生きられていたかも知れない

少しでも父親に良い医療を受けてもらうために、夜の世界に足を踏み入れ、寝る間も惜しんで働いている時期がありました。当時、10代そこらの子供が大金を稼ぐには、その方法しかなかったから。

国からの補助金が1円でも出ていれば、私にもっとお金を稼ぐ力があれば、父親は後数年生きられていたのかな?母親は後数年幸せでいられたのかな?という感じ。

どれも「当時の自分にとっては精一杯」だった

しかみつくのに精一杯

毎日難癖つけられて、同級生達に追いかけ回されていたとき、当時の自分は耐えることで精一杯。言い返したり、反発したりする力はありませんでした。

高校にも通わず遊びほうけていたとき、当時の自分には勉強を続ける能力などなく、今このときを楽しむことに精一杯でした。

夜の世界で寝る間も惜しんで働いていたとき、当時の自分は立っているだけで精一杯。さらに別の仕事を詰め込んでお金を稼ぐほどの体力も知識もありませんでした。

どれも「当時の自分にとっては精一杯」でした。

だから私は自分の人生に後悔はない

今の自分から見れば「どつかれたら、どつきかえせ」とか「働くより楽やから、学校くらいちゃんと行っとけ」とか「命張れば数千万くらい引っ張れるで」なんて思ってしまうわけですが、それは今の自分の物差しで過去の自分を計った場合の結果論でしかありません。

どれも『当時の自分が、精一杯頑張った結果』なんだから、後悔する必要なんてありません。むしろ「当時の自分、良く頑張ったな、良く耐えたな」と褒めてあげたいくらいです。

周囲から押しつけられる結果論に、イライラしたことってありますよね?

自分で自分に結果論を押しつけちゃダメです。

ひとつ違うだけで今の自分はいない

生還

もしも、過去をやり直せるとしたら、やり直した先にいる私は私であって私でない別の存在。

くだらない話かも知れないけど、北海道シチュー(コーンクリーム味)が美味しいことをもっと早く知っていたら、まず間違いなくこんな記事を書くことはなかった。ハウス食品を崇拝しすぎてハウス食品に入社していたかも知れない。一周回ってシチュー屋を始めていたかも知れない。

くだらない、本当にくだらないひとつの過去でさえ、違っていれば今の自分は居なかったかも知れない。

未来は変えられるけど…

この手の記事でよく見かける「過去は変えられないけど、未来は変えられる!だから、今を頑張ろう!」という訴求を、右に習えで書くつもりはない。

例えば、今日でブログを閉鎖すれば間違いなく未来は変わる。しかしながら、それが自分にとって、未来の自分にとっての正解なのかは誰にもわからない。本人にすら予測もつかない。

だから私は、今が幸せならそれでいい。

幸せでないと感じたときが動きどき、常に変化を求めて行動しているキラキラした人達に感化されることなく、自分の意思で自分次第で変えていければ、それでいい。

自分の人生を後悔して悩んでいる友人へ

悩む人へのメッセージ

この記事は、自分の人生に激しく悩む友人に向けて書きました。

「お前は幸せだから、そんなことが言えるんだ」と言われかねない内容かも知れない。事実、私は幸せだと感じる何か(子ども達と過ごす時間)を持っています。

でもね、不幸せだと感じる物も、たくさん持ってるよ。

良いことがあれば、悪いこともある。

良いことに目を向けて、少しでも人生を楽しいものに変えていくのか。それとも、悪いことに目を向けて、限りある人生から楽しい時間を減らして生きるのか。

それだけの違い。

人間、腹を割って話せば「幸せ…だけど」がついて回る。みんな何かしらの苦労をしながら、何かしらの悩みを抱えながら、それでも楽しそうに笑って暮らしているだけ。

幸せだと感じる何かを持っていないなら、持てばいい。何かがわからないなら、探せばいい。悩み苦しんでいる時間は人生の糧になるけど、何もせずにただただ凹んでいるだけの時間は何物にもならないよ。

顔を合わせて「過去があったからこそ、私と出会えたやん!良かったやん!」と笑ってあげられる環境になくてごめんね。

近い将来…

なんだ、夢か

と言えるくらい元気になりますように。

頑張れ。

※もう一度、アイキャッチ画像だけを見返すと元気がでるよ。笑

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