夢を諦めて20年目に抱く感情は「後悔」ではなかった

夢を語るのもおこがましい学生時代を過ごしてきた私にも1つだけ将来の夢があった。それはスキーのインストラクターになること。平日は本職、週末はインストラクターという二足のわらじを履く生活を夢見ていた。

 

あまり雪が降らない地域に住んでいるから春~秋でお金を貯めて、冬になると貯金を切り崩してスキー場へ通った。受検資格を満たした時点で全日本スキー連盟認定の指導員資格を受けて、夢にまで見た生活が始まるものと信じていた。

 

でも、その夢が叶うことはなかった。

怪我の後遺症で夢を諦めた

例年のようにスキー場でスキーを楽しんでいたとき、右股関節に激痛が走った。痛みで足に力が入らず、コース脇にある落下防止用ネットに飛び込む事故を起こしてしまった。

 

事故の怪我は軽いねんざで済んだものの、問題は右股関節の激痛。疲労骨折を疑うも異常なし、複数の病院で検査を受けるも異常なし。結局、小学校の頃に股関節を剥離骨折したときの後遺症という判断になった。要するに、原因不明。

 

多いときで月に1度~2度。少ないときには3ヶ月に1度くらいの不定期で、時と場所を選ばずに出てきては数分すると消えていく後遺症を抱えての生活は不自由なもので、慣れるまでには多くの時間が必要だった。

 

怪我から10年後に発症した後遺症を嘆かない日は無かったけど、過度な運動や慣れない体制をとらなければ発症しないということを学び、結果として雪山で人の命を預かるインストラクターとしての夢を諦めることになった。

 

 

夢を諦めて20年目に抱く感情

今朝、3歳になったばかりの次男が足を引いて歩いていた。「どこが痛い?」と問いかけても「痛くないよ」としか返ってこない。そんな状況。

 

保育園はお休みさせて病院に連れて行ったけど、予想通りというか何というか、診断結果は問題なしの様子見。明日から登園させて問題ないとのこと。

足を引きずってるのに問題なし?

足を引きずってるのに登園OK?

足の怪我で夢を諦めた自分と重なってしまい、妻の「とりあえず、様子を見よう」という意見に対して「明日も変わってなければ自分が仕事を休んで、他の病院に連れて行く」と反論してしまった。

 

お互いの意見を尊重しあっているから反論することは年に1度、2度あるかないかなのにと反省しながらも、早めの検査で防げることがあるのならと思わずにはいられなかった。

 

夢を諦めて20年目に抱く感情は、子どもにはたくさんの夢の選択肢を与えてあげたい。折角見つけた夢を諦める理由を作らずに済むなら親としてどんなことでもしてやりたい。という感情ばかりで後悔は少しも出てこなかった。

 

あとがき

夢を諦めてすぐの頃は「怪我を治す方法」ばかりを探して、治らないことにイライラしてばかりだった。「怪我と向き合う方法」を探すようになってからはイライラすることもなく、20年経った今では『そういえば、そんなこともあったな』と思えるほどになった。

 

「所詮、その程度の夢だった」のかも知れないけど、当人にとっては人生をかけても良いと思える数少ない夢でした。

 

とにかく、明日の朝になれば足を引きずることもなく、痛がることもない。何事もなかったように普段通りの生活を送れる。もちろん後遺症はなし。そう願うばかり。